2023年シーズンをもって原辰徳監督が退任、阿部慎之助新監督が来シーズンの読売ジャイアンツを率います!WBCの監督として、日本を優勝に導いた栗山英樹についても気になりますが、今回は、ジャイアンツのレジェンド捕手である阿部監督の経歴について紹介します。
阿部慎之助のプロフィール
- 名前:阿部慎之助(あべしんのすけ)
- 生年月日:1979年3月20日
- 年齢:44歳(2023年10月現在)
- 出身地:千葉県浦安市
かつて実業団野球チームでプレーしていた阿部東司さんを父に持つ阿部監督。父の勧めで軟式少年野球チームに所属し、野球を始めました。安田学園高等学校では通算38本塁打、中央大学では東都大学野球連盟2部リーグで通算51試合に出場し通算打率.312、本塁打12本を放ち、シドニーオリンピックの代表にも選ばれましたよ。
阿部慎之助の経歴
2000年、逆指名でジャイアンツ入団
2000年11月のドラフト会議で、当時存在した逆指名制度で読売ジャイアンツに入団、ルーキーイヤーから一軍で127試合に出場しました。一軍ヘッドコーチだった原辰徳さんの推薦で開幕スタメンにもなったのですが、新人捕手開幕スタメンは球団では23年ぶりでしたよ。当時の巨人 監督、長嶋茂雄さんは前年に101試合に出場していた正捕手、村田真一さんを阿部監督の「教育係」に任命、少し強引に世代交代を図ったのですね。
プロ二年目でベストナイン、ゴールデングラブに
プロ二年目のシーズンである2002年は、前年と同じ127試合出場ながら打率は7分ほど上げ.298、1987年以来の捕手による規定打席到達を果たし、ベストナインとゴールデングラブにも輝きました。翌年は怪我もあり規定打席には届かなかったものの、初のオールスターを経験し、2004年には初の規定打席到達での打率3割、33本塁打を記録しました。
国際試合でも活躍
その後も活躍を続けた阿部監督。ジャイアンツの不動の正捕手としてチームを牽引、2005年オフにはその非凡な打力を遺憾なく発揮するために原監督から一塁手転向を提案されるも「捕手として勝負したい」と断るなど、捕手に対するこだわりも強く持っていました。怪我の影響で2006年WBCは辞退するも、2008年の北京五輪、2009年、2013年のWBCには日本代表として出場、NPBでは2012年に三度の月間MVPや首位打者、打点王、最高出塁率のタイトル、リーグMVPを受賞するなど大暴れしました。
2019年、引退
加齢の影響もあり、2016年から一塁手に専念していた阿部監督。2019年に捕手復帰を目指すも、同年をもって現役引退を決断、同年の捕手としての出場は引退発表後の一試合のみでした。公式戦最後の打席は、シーズン最終戦の代打起用での一打席でしたが、なんと相手チームが代打で登場した阿部監督を申告敬遠。賛否を呼びながらも、本人は「球史に残る偉大な記録じゃないかな」とコメントしています。また、同年にジャイアンツは日本シリーズに出場、阿部監督はそちらでもスタメンとして出場しており、なんとホームランも放っていますよ。
ベストナインを9度受賞
プロ19年間で最終年以外毎年二桁本塁打を放った阿部監督。9度のベストナインは捕手部門でセ・リーグ最多タイの記録であり、他にも4度のゴールデングラブ、6度の最優秀バッテリー賞、日本シリーズMVPにも一度輝きました。通算2132本の安打、406本の本塁打、1285の打点など積み重ねた数はどれも素晴らしいものでした。
指導者の道へ
引退翌年の2020年からジャイアンツの二軍監督に就任した阿部監督。2022年は一軍作戦兼ディフェンスコーチとして「3大チーフコーチ」の一角を担い、2023年は一軍ヘッド兼バッテリーコーチを務めました。そして2024年シーズン、ついに一軍監督としてジャイアンツを率いることになります!
【巨人】阿部慎之助新監督、秋季キャンプへ「何を考えるか。どういう練習するか。個々で考えて」 (msn.com)
最後に
今回は阿部慎之助新監督の経歴について紹介しました。
二年連続Bクラスに沈んでしまったジャイアンツ。監督が変わることで立て直すことはできるのでしょうか?来シーズンからの巻き返しに期待したいですね。